おそまつな結末

2004年4月27日
『川崎市中原区の聖マリアンナ医科大東横病院(斎藤宣彦院長)で、3月末から4月初めにかけて、併用が禁止されている2つの抗がん剤を同時に処方された60歳代の男性患者が、副作用による多臓器不全で死亡していたことが27日、明らかになった。
 病院側は医療ミスを認めて遺族に謝罪している。同病院から届け出を受けた神奈川県警中原署は、業務上過失致死容疑で捜査を始めた。同病院によると、男性患者は2002年8月、同病院で大腸がんと診断され、入退院を重ねながら、手術や抗がん剤による治療を続けていた。3月に4度目の入院をした際、主治医が同25日、これまで処方していた抗がん剤「フルツロン」(商品名)の効果が期待できなくなったため、より効果の強い「ティーエスワン」(同)に切り替えた。フルツロンとティーエスワンは併用すると、白血球や血小板が急減するなど、副作用が強まるため、主治医は同日、看護師にフルツロンの投薬をやめるよう口頭で伝えた。しかし、外科の研修医が3月30日、男性がこのほかに服用していた糖尿病などの薬が切れたため、前回の処方記録をみて、薬を出す際、誤って一緒にフルツロンも処方。男性患者は主治医が誤りに気付くまでの3日間、2つの抗がん剤を服用し続け、4月13日、死亡した。斎藤院長は「がんにより、全身が侵されていた患者の死期を早めた可能性は否めない」と話している。』

今日も癌の話題になった.そういえば日本人の3大死因は癌,心臓病,脳卒中の順だったか.今度は医療事故死というのも加えたほうがいいのかも知れない.

このニュースによると副作用死ということだが,さて業務上過失致死で訴えられるのは口頭で投与中止を看護師に指示した医師なのか,指示を受けた看護師なのか,はたまた前回の処方記録をみて中止された薬を出した医師なのか.この記事では外科の研修医が誤って処方とあるが,処方指示箋などの記録に中止と記録されていなければ中止の事実を知ることはできない可能性があるから必ずしもミスとは言えないかもしれない.

口頭指示というのもよくあることで,これが各種のミスの誘因になることは日常よく経験することだが,看護師も口頭で指示を受けて実施した以上責任があると思われる.では,口頭で指示した医師には責任を問えるのだろうか.このケースで口頭指示した医師の責任が問われれば画期的な判断といえるかもしれない.なぜなら,口頭指示が違法行為という結論になるからであり,医療の現場での事故の原因がひとつ減る可能性があるからである.

さて,この記事を読んで気がついた人もいるだろうが,なぜここに病院の薬剤師の責任がまったく問われないのか私は気になった.通常は薬剤の過剰投与や併用禁忌のチェックは必ず薬剤師によってチェックされているはずだと思うのだが,聖マリアンナ医科大東横病院ではいったいどうなっているのだろうか.まさか薬剤部にコンピュータもないのだろうか.大学病院にしてはあまりにもおそまつな危機管理といわざるを得ない.

事故はすくなくとも医師,看護師,薬剤師の4人のうちだれかが気づけば防げたはずなのであるが,不幸にも関わったすべての医療従事者の目をすり抜けているのである.偶然なのかまたしても私立の医科大学の付属病院で起きた悲劇であるが,ずさんな安全管理しかできない大学病院を持った医科大学はもう不要だろう.

医師が足りないといって医科大学をたくさんつくったあげくに質の悪い医師と医療を量産してしまった国にもっとも大きな責任があると思うのだがどうだろうか.

いまさらながら

2004年4月26日
『喫煙によって日本人男性は毎年8万人、女性は同8000人ががんになっているとの試算を、厚生労働省研究班(班長・津金昌一郎(つがね・しょういちろう)国立がんセンターがん研究予防部長)が大規模調査に基づきまとめ、23日に公表した。
 がんは毎年、男性28万人、女性20万人に発生。喫煙が原因のがんは約2割に当たることになり、研究班は「たばこがなければ約9万人は、がんにならずに済む。たばこの影響の大きさがあらためて裏付けられた」としている。研究班は、40-69歳の男女9万人を8?11年間追跡調査。たばこを吸わない人に比べ、男性喫煙者は1.6倍、以前吸っていてやめた男性は1.4倍、女性は喫煙者もやめた人も1.5倍、がんの発生率が高くなっていた。男性の喫煙者は46%、やめた人は28%、女性ではそれぞれ10%、3%とされ、今回の調査結果を基に日本全体での影響を試算。男性はがんの29%、女性は4%がたばこが原因で発生していると推定した。今回の試算は、受動喫煙を考慮していない。たばこを吸わない人の一部が受動喫煙の影響によりがんになっているとすると、たばこの影響はもう少し大きくなるのではないかという。』

今となっては癌だけでなく脳梗塞や狭心症といった疾患についても喫煙は明らかに原因の一部であることに異論を唱えられる医師はいないであろう,このことから喫煙者と非喫煙者の健康保険料が同じであることは,受動喫煙と同様にかなり非喫煙者に不利な状況であると言える.

一方で若年者の喫煙はあまり減っておらず,喫煙の害が社会的に十分に認識されていないことをうかがわせる.無知な若者の健康被害を防ぐには消費税を上げる前にたばこ税を今の10倍くらいにしたほうが経済効果も含めて長期的な利点は多いかもしれない.

ついでに言わせてもらうと酒については一日当りビール1缶くらいで心血管疾患が減少するというデータがあるので酒税はむしろ減額してほしいところである.もっとも飲み過ぎは脳出血のリスクが増大するらしいので適量を守ることである.

病気はなるべくしてなるものというのが日頃から患者を診ていて思うことであるので,病気になった人のような生活習慣をとらないように日頃から気をつけるようにするというのがいまさらながらの健康法といえるのかもしれない.

遺族の損害賠償?

2004年4月24日
『岐阜県立多治見病院(多治見市)でがんの治療を受け死亡した女性が、点滴ミスや望んでもいない余命の告知で精神的苦痛を受けたなどとして、遺族が岐阜県に約2000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、名古屋地裁の気賀沢耕一(きがさわ・こういち)裁判長は23日、病院の点滴ミスだけを認め同県に約50万円の支払いを命じた。判決理由で気賀沢裁判長は、余命の告知について「患者に正直に余命を知らせることは、医師の裁量の範囲内」として違法ではないと判断した。ただ「点滴ミスは専門家として初歩的ミスで、女性は夜も寝られないほど苦痛を受けた」と述べた。判決によると、女性は1997年2月に子宮がんのため同病院に入院。女性は5月に誤って胸に栄養剤2リットルを点滴され、呼吸困難に陥った。9月には、医師が家族に相談しないまま女性に余命を告げた。女性は転移した肺がんのため同年12月に死亡した。』

裁判するのは結構だが,死亡した患者の精神的苦痛を遺族が訴えるということの意味に疑問を感じた.本人が告知を希望するのかどうかを医師が家族に相談するというのも本来おかしな話だ.そんなことは本人に聞くべきだろう.

胸に栄養剤2リットルというのは中心静脈栄養のことだろうか?癌の末期に栄養点滴するのは少しでも生存期間を延長するという意味では治療なのだろうが,中心静脈栄養によるリスクも家族が納得できないなら医師は延命治療はやめるべきだろう.

往々にして家族が治療の妨げになることがあるということは一般の人には理解できないかもしれない.だが,医学的知識を持たないのに医学的に妥当な説明を聞いても納得しない家族は時に患者本人の利益にならないことを知るべきであろう.

悪性腫瘍末期や遷延性意識障害のある患者さんを診る機会が多々あるが,患者本人に告知できないために家族が治療を選択することになる場合が多い.だが,家族が理屈の通らない人たちであった場合,患者本人の意志はどこに反映されるのであろうか.

裁判で決着をつけても本人不在であれば何の意味もなさないのではないだろうか.
『イラクの日本人人質事件で、15日に解放された高遠菜穂子(たかとお・なほこ)さん(34)、今井紀明(いまい・のりあき)さん(18)、郡山総一郎(こおりやま・そういちろう)さん(32)のカウンセリングに当たった精神科医、斎藤学(さいとう・さとる)・家族機能研究所代表は21日、3人が事件だけでなく、批判的な世論からも強いストレスを受けていることを明らかにした。斎藤代表は帰国直後の18日夜には羽田空港で、翌19日夜には宿泊先の都内のホテルで、3人から長時間詳しい話を聴いた。
 その結果「特に高遠さんは『世間を敵に回している』との思いが強く、精神的に不安定。他の2人も『会見に応じるなら3人で』との意向が強く、人前に出るのが難しい状況だ」と説明。懸念される心的外傷後ストレス障害(PTSD)については「今はまだ急性ストレス障害の段階。今後、PTSDに至るかどうかは、周囲の対応次第だ」としている。斎藤代表は「恐怖体験を多くの人に聞いてもらうことで、事件そのものによるPTSDは回避できる可能性が高い」と指摘。「早期に記者会見をやった方がよい」と勧めたとしている。ただ会見については「問いただすのではなく、最初は穏やかな雰囲気の中、当時の状況について耳を傾ける形にすべきだ」と注文を付けた。斎藤代表によると、3人は米軍の激しい爆撃にさらされる場所に拘禁され、「爆撃で死ぬかもしれない」との恐怖が最も大きかったと訴えた。また、早い段階で「イラク支援に来たことを犯行グループに理解してもらった」と感じたが、その直後にビデオカメラの前でナイフや銃で脅された。突然の事態の急変に「いつ気が変わって殺されるか」とかえって恐怖感が募ったという。拘束直後、1人だけ別の車に乗せられた郡山さんは「自分だけスパイと思われ、殺されるのではないかと思った」と振り返ったという。斎藤代表は「3人は今、世間から隔離されており、これも一種の拘束状態。恐怖の体験がPTSDになってしまう前に、社会復帰させることが重要だ」としている。』

一件落着とまではいってないようだが,結論は出たようだ.
この3人の行動に意見はいろいろあるのだろうが,この3人と同様の行動は病院でも日常よく見られるのである.この3人を患者側に置き換えるとつまりはこういうことだと思う.

この3人は拘束されるまでは患者の家族の立場である.イラクの人々が患者でそれになんらかの救いの手を差し伸べたいという気持ちでいっぱいだったのであろう.だが,拘束されることにより身の危険を実感したとたんに彼らは自らが患者であることに気がついた.そして,現在もきっと患者の心理のままなのであろう.だから世間の目は当然気になるだろう.

彼らの行動は私の感覚で言えば大変無謀でとても私にはまねのできないことだ.少なくとも自分に守るものがある者のとるべき行動ではない.虎穴に入らずんば虎子を得ずともいうが,当然虎に食われる覚悟が必要ということだ.成功し帰還すればそれなりの何かを得られたとは思うのだが不幸にも捕らわれの身となり,世間の晒し者にされたただけというのには同情を禁じえないが,まあ,それが自己責任というものだろう.

また自己責任とはいえ米国に盲従して国連活動以外で勝手に自衛隊を派遣したり,国民年金を勝手に流用するような政治家達に救出費用をうんぬん言われる必要もないだろう.自分がなにもリスクを負わない政治家にイラクで救援活動にあたる人を非難する資格はそもそもないが,渡航を法律で禁止しようとは憲法で保障された自由を侵害するもので,こんなこともわからない政治家にはさっさとやめてもらう必要があるだろう.

ボランティア活動も救援に当たる者が救援される立場になってはじめてその意味がわかったのだろうが,患者の家族も患者になってはじめて本当のつらさがわかるのかと思うと,つくづく人間とは身勝手な生き物である.彼ら3人はせっかく生きて帰れたのだからPTSDを克服して世間の目など気にせずにイラクの人々の救援に日本がしてあげられることを是非世間の人々に伝えてほしいものである.
 『 昨年1月、インフルエンザ治療薬タミフル(一般名リン酸オセルタミビル)を処方され服用した2歳の女児が溶血性貧血を発症し、治療した大阪府の病院が「副作用が疑われる症例」として販売元の中外製薬を通じ厚生労働省に報告していたことが19日、分かった。中外製薬によると、国内での貧血の副作用報告は初めて。厚労省は「ほかに同種の報告はなく副作用とは断定できないが、今後も情報を収集していきたい」としている。

 この女児は発熱のため当初インフルエンザを疑われ、昨年1月19日に大阪府内の医療機関でタミフルを処方された。帰宅後2回服用し熱は下がったが、顔色が悪く元気がなかったため翌日別の病院を受診し入院した。女児は赤血球数やヘモグロビン値が著しく低下、赤血球が壊れ血液中で不足する溶血性貧血と診断された。インフルエンザは検査で否定されたが、何らかの感染症にかかっていた可能性はあるという。ほかに服用した薬はなく、女児のリンパ球を使った薬剤への反応をみる試験の結果などから、タミフルの副作用が疑われた。女児は輸血を受け回復した。

 中外製薬によると、海外では、透析患者がタミフルを過剰服用したケースなど貧血の副作用報告が2例ある。同社は今回の症例について「感染症自体が貧血の原因となった可能性があるが、副作用の疑いも否定できない」としている。タミフルはカプセルのほか小児用のドライシロップが販売され、医療現場で広く使われている。海外の動物実験で脳から高濃度で検出されたため、脳の防御機能が未熟な1歳未満の赤ちゃんには投与しないよう中外製薬が呼び掛けている。』

 どんな薬にも副作用があり,それはいつ誰に起こるかは予測不能だ.タミフルに副作用があっても驚く話ではないが,問題は-インフルエンザは検査で否定された-ということだろう.では,なぜタミフルを投与したのだろうか?やはり安易に投与が行われたのではないだろうか.こんなことが内科や小児科ではよく行われているのだろうか.
 タミフルの乱用を避けるためにやはりガイドラインが必要という話が出てきそうだ.医学の知識もないのにタミフルをよこせという患者や家族にどうやって理解してもらうのだろうか.そしてそれはいったい誰の仕事になのだろうか.ちゃんと説明しても理解できない人たちにはどう対処すればよいのか誰か教えてくれないだろうか.
『医療機関で診断に使うエックス線CTによる国民1人当たりの被ばく線量が約10年で約3倍になったことが、放射線医学総合研究所(千葉市)の調査で分かり、14日までに専門誌に発表した。
 日本のがん患者の3・2%は診断のために浴びた放射線が原因とする英国の研究チームの指摘もあり、日本医学放射線学会は適正な検査に向けた指針作りに乗り出した。
 国内には、2000年時点で約1万の医療機関にCT装置があり、台数は約1万1000台に上る。同研究所は同年、約1000機関を対象にCTの使用実態をアンケート。722機関の回答を基に全国の状況を推計した。
 その結果、1年間の検査件数は全国で約3700万件に上るとみられた。CTによる被ばくの国民全体への影響を見積もるため、国民1人当たりの被ばく線量を計算したところ年間2.3ミリシーベルトになった。これは世界平均の自然放射線による被ばくにほぼ匹敵する線量だった。
 1989年に行われた同様の調査では、国民1人当たりの被ばく量は0.8ミリシーベルトだった。2000年までに、CT装置の台数は約2倍、検査件数と被ばく線量は約3倍になっていた。
 CT装置の台数、検査件数とも世界の約半分を日本が占めているのが現状という。同学会は、必要な検査は行うべきだが、被ばくを減らす方が望ましいとして当面、子どもを対象にした検査の指針作りを進める。』

 子どもを対象にした検査の指針作りというのは特に重要で,脳外科領域ではちょっとした頭部打撲で小児に頭部CT検査を行う医師は多い.ほとんどは経過観察のみでよいのだが,外来で検査はしないで様子をみましょうと説明しても納得しない親がいるのも事実である.医師や放射線技師向けの指針を作るだけでなく親たちにもわかりやすい内容でパンフレットでもつくってもらえると安心してもらえるのではなかろうか.

 インフルエンザ疑いでのタミフル乱用やなんでもすぐ点滴して親を黙らせる小児科医がいい例だと思うが,親がうるさいので親の要求に合わせるような医療をやっている医師が多数派のような日本の小児医療の現状は早急に改善しなければ質のいい小児科医が増えることはないだろうし,タミフルもらって点滴もしてもらってありがたがっているおめでたい親が増えるようでは心身ともに健康な子供は育たないだろう.

子供を虐待するな

2004年4月12日
『頭部外傷の乳幼児のうち3割程度は、親などからの虐待ではないかと考えている小児科医が多いことが、大阪医大の田中英高助教授らの調査で分かり、岡山市で開催中の日本小児科学会で10日、発表した。
 虐待児を多く扱っている小児科専門医5人からの聞き取りと、大阪府内の小児科医へのアンケートで回答があった40人の結果を分析した。日常診療での経験から、乳幼児の頭部外傷で虐待が原因とみられる割合は、専門医では3割、アンケートでは1割から5割の回答だった。虐待は、児童相談所への相談件数のまとめによると年間数万件起きているとされる。しかし、親らが隠す中で、虐待を見分けるのは非常に難しいという。
 多くの小児科医は、子どものけがの原因が虐待でないと完全に分かるには、2週間から1カ月以上かかると答えた。小児からの脳死での臓器提供を可能にする議論が行われているが、虐待で脳死になる可能性もあり、田中助教授は「子どもの臓器提供にはさまざまな問題がある」としている。』

乳幼児の虐待には様々な原因があると考えられる.原因の特定というのは医師の仕事ではないと思うが,乳幼児の頭部外傷で虐待を考えるのは脳外科医と小児科医の責務であろう.

過去に数例の虐待され頭部外傷を負った子供を見たことがあるが,このような親子には共通点がある.病院に来ても親子が会話しない.子供が親を恐れている.子供が無口である.両親に別々に受傷の状況を聞くと話が合わない.状況がわからない.あるいはまったく同じことを言う.などである.それから,体中に新旧たくさんの外傷があればこれは疑ってかかることになる.

だが,この3割という数字が本当だとすると,虐待と気がつかないで見逃しているケースがかなりありそうだ.ちょっとおかしな様子があれば気がつくと思うのだが,まったく平静に来られたり,乳児などの場合などはちょと診ただけではわからない可能性は十分にある,

虐待の原因はきっと虐待の外傷の種類よりはるかに多いのだろうが,やはり虐待されて病院に来る前に虐待の予防について日本人がもっと真剣に考えてほしいと思うのは私だけだろうか.
 終わりも近づいた外来に80歳を過ぎた女性が年1回の検査とやらで受診した.時々頭が痛くなるそうで肩こりもあるが,今はなんともないと言う.自分で検査を希望して来たのだからMRIを撮り加齢によるもの以外は特に異常の無いことを説明し,心配しないで長生きしてねという感じで診察室から見送った.
 
すると5分もしないうちに家族の方が戻って来た.「うちのおばあちゃん.そこのポスターに書いてある動脈硬化っていうのをすごく気にしているんです.脳梗塞の原因になるって書いてあるから,自分も動脈硬化になっていないかどうか心配なんだそうです.大丈夫でしょうか.」と私に質問するのである.

「顔のしわとおんなじで,血管も老化するから歳とともにだれでも動脈硬化していくんですよ.」とは説明したのだが,80歳を過ぎても中年のおばさんたちと同じ心配をしているおばあちゃんには感心するべきなのかあきれるべきなのか.

私も80歳になる頃には人間が少しはわかるようになるかも知れない.

件数と成績の関係

2004年4月8日
『−−手術件数と関係薄く 全国のデータ分析で判明−−手術をたくさんこなした病院ほど治療成績が上がる−−。厚生労働省は4月、そんな考え方から、病院に手術件数の公開を促す制度をスタートさせたが、件数と治療成績は関係ないとする調査結果が相次いでいる。同省は毎日新聞の取材に「件数と成績の関係は科学的に立証されていない」と認めた。病院選びの目安に手術件数が注目されているが、それ以上に治療成績を公開する重要性が改めて浮かんだ。
 同省は欧米などの研究論文をもとに、手術件数の多い病院ほど治療成績が高くなるとして02年、件数の少ない病院には健康保険から病院に支払う手術料を3割減らす制度をスタートさせた。その後、医療現場から反発が相次ぎ、件数が多い病院には手術料を5%上乗せする制度に4月から変えた。同時に病院内に1年間の手術件数を掲示しないと、手術料を3割減らすこととした。
 しかし、東京医科歯科大の川渕孝一教授らが、00年と01年に全国の28病院から、心筋こうそくで詰まった血管を風船で内部から広げる治療のデータを集めて分析した結果、患者が退院できず死亡した率と、年間実施件数に関係はなかった。年間50件以下の9病院では死亡率は最低0%、最高17%。151件以上の11病院でも最低0%、最高21%だった。年齢や詰まった血管の本数など15項目のデータで患者の重症度を考慮して死亡率を修正しても同じだった。
 東京女子医大心臓血管外科の西田博講師らは、日本胸部外科学会の全国調査データを分析し、病院ごとに、緊急手術以外の心臓バイパス手術の年間実施件数と、患者が退院できず死亡する率との関係を調べた。学会の調査は、01年に日本で実施された心臓手術をほぼ網羅している。
 バイパス手術の場合、手術料の5%上乗せを受けるのは年100件以上の病院となっている。しかし年間101件以上の148病院では死亡率の最低は0%、最高4%。51〜100件の126病院のうち125病院も4%以下で、ほとんど変わらなかった。
 同大の黒澤博身教授は「バイパス手術では、心臓に縫い付けた血管が数カ月後や1年後に詰まっていないかが重要。そうした実績を医師に聞くほうがよい」と言う。
 厚労省保険局医療課は「手術件数と成績との関係は立証されていないが、件数は患者の関心事なので公開を推進している。参考程度に見てもらいたい」と話している。』

厚生労働省は根拠の薄い手術件数による診療報酬の加算をただちに廃止すべきだ.手術成績は当然術者によって異なってくるだろうが,手術成績で患者が医師を選べるようになると患者の多い医師は当然手術成績が悪くなるような手術は避けるようになるし,手術の少ない医師も手術成績の悪化を恐れて簡単な手術しかできなくなるだろう.これは外科の手術適応の縮小を招くことになるだろう.患者側からみればこれは治療の機会を失うことを意味する.適切な外科的治療を受けられれば助かる人たちが医師側の都合で切り捨てられることになるわけだ.

いずれにしても科学的根拠の無い恣意的な操作によって患者を特定の病院に誘導するような厚生労働省のやりかたは医療の歪みをいっそう悪化させるだけのものだろう.そもそも資本主義の考え方で医療機関を株式会社化したいのなら,手術件数の多い病院ほど診療報酬の単価を低くして安く治療を行ってくれるのでなければならないはずだ.

現在の日本の医療は言ってみれば医師や看護師などメディカルスタッフの業務には見合わない安い労働力に負うところが大きい.健康はなによりも大切だというのなら先進国で最低レベルの医療費をもっとちゃんと確保することを考えるべきだろう.このままでは質の悪い医療が標準化していく恐れがあるような気がするのだが.

予防医学の効用

2004年4月7日
『インフルエンザ治療薬として普及しているリン酸オセルタミビル(商品名タミフル)を投与すると、インフルエンザウイルスの約30%近くが、この薬に対する耐性を示すようになることを、東大医科学研究所の河岡義裕(かわおか・よしひろ)教授らが突き止め6日、都内で開かれている日本感染症学会で発表した。
 従来データに比べ耐性の割合がかなり高くなることを示す結果で、新型インフルエンザ対策にも影響する可能性がある。
 河岡教授らは昨シーズン以降、生後2カ月から14歳までの子ども33人(平均2.7歳)から、薬による治療前と治療後に分離したウイルスを分析。30%近い9人から分離した治療後のウイルスが、耐性になっていることが分かった。
 治療前のウイルスに比べ、耐性は約11万-300万倍。塩基配列を分析すると、この薬が作用する部分の周辺で変異が起きていた。
 臨床試験では、平均5歳の子どもで耐性が出る割合は5・5%。今回はインフルエンザに初めて感染した患者が多く、治るまでの期間が長引いたため、ウイルス量が増えた結果、耐性が出やすくなったとみられる。
 これらの耐性ウイルスは、感染性に関係する部分は変異していないため、人から人へ感染する可能性もあるという。
 また今年、山口県で分離された高病原性鳥インフルエンザウイルスについて、試験管内の実験で、タミフルに治療効果があることを確かめた。
 河岡教授は「新型インフルエンザが流行すると、大人でも初めてのウイルスなので同様のことが起き、すぐに使えなくなる可能性もある。投与期間などの検討が必要だ」としている。』

タミフルは大量に使われているので耐性ウィルスもすぐに増えるだろう.ところで,この冬は例年よりもインフルエンザの流行は少なかったらしい.一つにはSARS騒ぎと関連してインフルエンザの予防接種が品薄になるほど行われたことが関係していると思う.ウィルス感染症の専門家ではないので事実はわからないが,予防接種で流行が防げるなら接客サービス業や学校などでは予防接種を義務化するなどの方法も考えたほうがよさそうである.

脳卒中もそうであるが予防できる病気は予防したほうがいいに決まっている.だが,脳卒中の予防で一番大切なことは生活習慣の改善であるということがわかっていない人が多い.高血圧,糖尿病,肥満,喫煙といったことから自分を遠ざけることができる人は脳卒中になりにくいといえる.ところが,病気になる人は病気になってから予防の心配をする人が多い.だが残念ながら一回脳卒中になった人が脳卒中になるリスクは健康人の3倍というデータもある.なってから心配するのではすでに手遅れである.

病気になってから薬を飲むよりも病気にならないように予防に気をつける.これが予防医学の考え方だが,タミフル乱用を希望する馬鹿な大人が増えないように学校でしっかり予防医学について教えてもらいたいものである.そうすればAIDSも予防できるしBSEや鳥インフルエンザでバカ騒ぎするはずかしいマスコミも少しは減るに違いない.社会の健全化にも役立つというわけである.
『宮崎大学医学部付属病院(宮崎県清武町、江藤胤尚(えとう・たねなお)院長)は2日、食道がんで入院中の血液型O型の男性に誤ってA型の血液を輸血するミスがあったと発表した。男性は輸血後に死亡。病院側は「直接の死因は大動脈破裂だが、輸血ミスが何らかの影響を与えた可能性は否定できない」としている。
 同病院によると、男性は同県内に住む40歳代。3月29日午後9時すぎ、食道近くの大動脈破裂により大量吐血。血圧が低下するなどしたため緊急輸血をすることになった。男性の血液型が分からず、消灯後の病室で検査した医師がA型と判定し約15分間輸血した。一時的に血圧などが回復したが、その後の精密な血液型試験でO型であることが判明して輸血を中止。大動脈からの出血は止まらず、O型の輸血などを続けたが、男性は30日未明死亡した。輸血ミスの原因について、病院側は緊急を要した上、病室が暗かったため担当医師が血液型の判定を誤ったとみている。治療に当たった医療チームは死亡直後に、遺族に輸血ミスがあったと謝罪。病院は今月2日になって宮崎南署や厚生労働省などに報告した。江藤院長は「原因究明と再発防止のために学外の医師を招き調査委員会を設置したい」と話した。』

大学病院に入院中の患者の血液型がわからないなんてちょっと信じられない話だ.私は医師になって以来勤務したどこの病院でも入院患者の血液型は入院時に検査してわかっていた.再入院の場合は保険で査定されることがあるので前回入院時に検査した血液型が添付されたりしていた.いずれにしても診療録には患者の血液型が参照できるようになっているのが当たり前というのが私の常識だったのだが.まあ,ところ変われば品変わるなのだが入院時に血液型を調べない大学病院があるということはわかった.

輸血ミスという記事だがちょっと考えてみたい.まず輸血すべきだったかどうかである.ひとつには,もし食道がんの末期で有効な治療がない状態だったら輸血の適応があったかどうかということ.次に輸血で救命できる見込みがあったかどうかである.どこの大動脈かはわからないが癌の浸潤による動脈性出血に輸血だけで対応して救命できるものだろうか疑問である.救命できる見込みがないのにとりあえず輸血というのだったら無意味な延命治療ではないだろうか.

血液型判定のミスの原因の説明が-病室が暗かったため担当医師が血液型の判定を誤った-というのもいただけない.赤血球凝集反応は懐中電灯でも十分判定できるのだから,こんな説明をしたら臨床検査技師に笑われてしまう.これでは医師の診断能力までが疑われてしまう.

病院側の「直接の死因は大動脈破裂だが、輸血ミスが何らかの影響を与えた可能性は否定できない」とする見解もなんら根拠がない主張である.直接の死因が輸血ミスでないという証明ができなければ死因に関しては少なくとも50%の責任が輸血ミスにあると考えるのが妥当ではないだろうか.

血液型も事前に把握しておらず,病室が暗かったことを血液型の判定を誤った原因とし,さらになんの根拠も示さずに輸血ミスが直接の死因でないと言ってもだれも信用しないに違いない.やはり専門家が聞いても納得できるような説明がなされなければ医療に対する社会の不信感はぬぐえないだろう.医学の進歩に重大な使命を負った大学病院としてはあまりにずさんな説明でこんなニュースが流れると大学病院のさらなるイメージ低下は免れないだろう.
『 2日午前10時50分ごろ、大阪府高槻市登町、府住宅供給公社下田部団地内の「下田部団地児童遊園」で、鉄製遊具の回転椅子(直径約1.8メートル、高さ約95センチ)で遊んでいた兵庫県三田市の新小学1年男児(6)が、遊具の支柱に開いた穴(直径約1センチ)に右手人さし指を入れ、回転した際に指の先約5ミリを切断した。同日午後4時半ごろにも、同じ遊具で遊んでいた公園近くの新小学5年女児(10)が同様に右手人さし指の先約1センチを切断するけがをした。府警高槻署は業務上過失致傷の疑いもあるとみて、遊具の管理に不備がなかったかどうか詳しく調べている。府によると、男児を病院に搬送した高槻市消防本部から同日正午ごろ、公園を管理する府住宅供給公社に事故発生の連絡があった。公社は同団地の管理を委託している住人に2度、状況調査を指示したが、事故の確認が取れないとして、遊具を使用禁止にするなどの安全措置を取らないまま、午後2時45分ごろ、状況を見守ることにしたという。同署は公社の担当者から、事故連絡を受けた後の対応について事情を聴いている。』

先日,溝川涼ちゃんが挟まれて死亡した六本木ヒルズ・森タワーの事件で回転扉のセンサーが感知しない「死角」が規定より広く、速度が最速に設定されていたことが分かり,私はやはり現在の日本は小さな子供への思いやりの無い社会になっていることを強く感じた.近くの公園の遊具を見てみよう.壊れて危険なものはないだろうか.幼稚園や保育園のまわりの道路を見てみよう.危険なところはないだろうか.注意してみれば必ず一つや二つは危険だなと思われるところがあるはずである.

管理している者は事故が起きるまでどころか事故が起きてからも適切な処置をとらないのが今の社会のようだ.特に文句を言えない子供たちに非常に不利な世の中になっていると思う.小児科医が足りないのは診療報酬が低く抑えられ,親の都合で時間外に病院にかかり,患者である子供の病態より親の意見を優先するような風潮があるからであると私は思っている.ちょっとした熱くらいで子供に点滴するよう医師に文句をいう親などはかなり児童虐待に近いと思う.

年金問題しかりである.選挙権を持たない子供たちは完全に無視される.健康保険も同様で,何の症状もなく病気でもないのに脳梗塞が心配だからと病院に来る老人が後を絶たない.こんなに医療費を無駄使いしているのにそれを拒否することもできない.健康で暇な老人は年金をもらいながら検診がてらに病院へ来ている.

そう,物言えない子供の相手をするより文句ばっかり言っている老人を相手にしているほうがお金になるのが今の社会なのだ.では,老人たちは今後何を創造してくれるというのだろうか.

東京,北海道は自動回転ドアの設置が多いようだが,病院にも結構設置されている.東京都は2000年12月に施設の出入り口の設計に関して「回転ドアは危険が伴いやすいため避ける」とのマニュアルをまとめており,96年のマニュアルでも、回転ドアを設置する際、別の形式のドアを併設するよう記載していたそうだ。国土交通省も昨年2月、「回転ドアは危険で設けないことが望ましい」とする文書ビルなどの建築・設計のガイドラインとして有識者らを交えて作成していたが,国交省は危険性を認識しながら、その後も安全基準作りなど具体策を講じていなかったらしい.病院の入り口に回転扉をつけた管理者は子供の危険のことなど考えもしなかったにちがいない.

南青山に高級公務員宿舎を国民の年金基金からネコババしたお金で建て,リッチな国家公務員生活を送れるのも国民がバカなおかげなのだろうが,子供を大切にしなかったツケがもうすでにまわってきているのは宮崎勤事件や酒鬼薔薇事件などの幼児が被害者となる事件や青少年犯罪の凶悪化をみても明らかだろう.
『東北大病院(仙台市青葉区)は2日までに、4月から夜間や休日の当直ローテーションに組み入れる大学院生の医師へ支払う手当を月2万-10万円とすることを決めた。研究に支障をきたすことがないよう、当直は多くても週1回とし、金額は医局に所属する医師の最低額と同程度とした。同病院は、4月からの国立大の独立行政法人化に伴い、医師全員に労働基準法が適用され、人繰りが難しくなることなどから院生を当直に組み入れる必要があるとして、支給額などを検討していた。同病院はローテーションに組み入れる大学院生は「学外の病院で1人前の医師として務まるような学生に依頼する」と説明している。』

「学外の病院で1人前の医師として務まるような学生」という言い方がなんとも妙だが,要するに一人で当直業務のできる医師ということだろう.私は大学院生のとき他の病院での当直料は平日で4-5万円だったと記憶している.東北大病院の月2万-10万円で当直は多くても週1回ということは当直料は平日1.5-2万円で休日2−2.5万円というところだろうか.だとすると当時の私と比較しても半額以下である.これをバーゲン価格と言わずしてなんと言おうか.

大学院生は学外でバイトすればこの2-3倍は稼げるのであるから,これは一方的に賃金を低く抑制し,学外でのバイトを禁止するという不当な行為であろう.このバーゲン価格の当直に泣き寝入りした大学院生が将来教授になって寄付金で元を取ろうというならその気持ちもわからない話でもない.大学院生は学位がとれないのでは意味がないから我慢するしかないのである.これが労働基準法違反にならないのなら労働者の権利を守る法の意味はどこにあるのだろうか.

大学病院が地方病院から医師を引き剥がし,それをバーゲン価格で働かせることにしか活路を見出せない時代になったのであればその崩壊も目前である.そういえば,東北大病院は確か麻酔科医が足りなくなって定期手術もこなせなくなりそうという話も聞いたが関係あるのだろうか.
『当直が明け、そのまま日直に入ってすぐのことだった。アルバイト先の千葉県内の病院。救急車で来る急患が心肺停止状態と聞き、怖さが先に立つ。病院にいる医師は、研修医の自分一人。心臓マッサージや人工呼吸の手順を何度も頭に描き、気持ちを落ち着かせた。
 ▽責任
 「蘇生(そせい)したからよかった。何かあったら問題になったかも」。東京都内の大学病院で研修中の山中憲一さん(27)=仮名=は最近の体験をこう振り返る。
 事故と隣り合わせの研修医のアルバイトは、医療現場で続いてきた悪慣行だ。研修先のわずかな手当では生活できない大学病院などの研修医が、人手不足のほかの病院で当直や日直をこなす。
 「外傷の縫合はできるけれど、骨折や脱臼の処置は無理」。山中さんはアルバイト先の看護師に対応可能な範囲を伝えておく。「それでも自分の能力を超えた急患が飛び込む。責任を持てない研修医のアルバイトはなくすべきだ」と話した。
 ▽過労
 山中さんが大学病院に着くのは午前八時すぎ。症例検討会議が始まり、約二時間続く。その後は入院患者の診療に回りながら急患の対応に追われる。注射や検査結果の整理などにも忙殺され、自宅で寝るのは数時間。当直が月十二回もあり、連続勤務が四十時間を超えることも珍しくない。
 「このままでは過労死してしまう」。大阪の社会保険労務士、森大量(もり・ひろのり)さん(62)の下には、同じような過酷勤務を強いられている研修医や心配した親から切羽詰まった相談が頻繁に寄せられる。
 森さんは一九九八年、関西医大病院の研修医だった長男大仁(ひろひと)さん=当時(26)=を過労による急性心筋梗塞(こうそく)で亡くした。同大に損害賠償を求めた訴訟で大阪地裁は二〇〇二年、研修医を「労働者」と認め賠償を命じた(大学控訴)。 森さんは今、研修医の相談には「まじめな人ほど追い込まれてしまう。我慢せず自分の体は自分で守って」と訴える。
 労働基準法を分かりやすく説明したパンフレットを作り、講演のため各地を飛び回る日々だ。「研修医の過酷勤務を改めようという機運がやっと見えてきた。だが、その負担が大学院生らほかの若手医師にいかないか心配だ」』

厚生労働省は4月以降、雇用契約で明確にアルバイト診療を禁止しなければ、補助金の一部を交付しないので実質的に研修医はアルバイト禁止になった.これはいいことかもしれない.そして,大学院生のアルバイトも名義貸し事件以降は自粛傾向となり大学院生に教員の臨床の仕事を手伝わせて給料を払う大学病院まで出てくる始末だ.

私の大学院時代のように当直を肩代わりして当直料を教員がピンはねすることが公然と行われていた時代よりは大分ましになったような気がする.だが,よく考えれば大学院生にとっては博士号の方が給料より重要なわけでわずかばかりの報酬は労働基準法対策という気もしないでもない.

要は名義貸し騒ぎに便乗して研修医制度による労働力不足を大学院生で少しでも補うための囲い込みなのだろう.それでも大学病院は人手が足りないので医師の『引きはがし』をやらねば生き残りが難しい時代になったようだ.

事故と隣り合わせの研修医のアルバイトは、医療現場で続いてきた悪慣行だそうだが,彼らが行かなければほかの病院はなりたたないのが現実だ.夜間救急に研修医が行かなければならないような病院はもう夜間救急はやめるべきだろう.責任が持てない以上救急患者の受け入れはするべきではない.その結果,救急車が受け入れ先を求めて迷走することになってもしょうがないと思えるならこんな悪慣行は即刻やめるべきである.

過労なのは研修医だけではない.大抵の基幹病院では医師は夜9時くらいまでは働き朝8時30分には出勤というのが多いだろう.そして当直が月に数回である.外部から当直がこなければ当直は確実に増える.毎日8時間労働で当直は月1回までで時間外手当も労働に見合っただけ出る病院なんてたぶん存在しないだろう.

現在の健康保険診療が続く限りこの『安くてサービスの悪い』日本の医療は改善されることはないだろう.なぜなら健康保険はコスト配分の適正化を妨げることによってコストの割りに質のいい医療を提供することを目的としているからである.つまり,病院としてはちゃんとコストをかければもっと質のよい医療を提供することもできるのだが,これ以上お金をかけたくない厚生労働省がその場しのぎで診療報酬を削減し続け適正なコスト配分を病院側ができない環境をつくりあげてきたということだ.

その結果が顕在化したのが医療事故,名義貸しという問題である.研修医制度はひとつの解決策なのかもしれないが,これにより事態がさらに悪化する可能性が高い.なぜなら,今のところ研修医制度は医療費の削減に寄与すると考えられるからである.これはさらなるサービスの低下を招くと思われるのだが,いずれまた考えてみよう.

近未来の医療環境

2004年3月29日
『「そこら中で医師の『引きはがし』が起きている」。大学病院から派遣医師の撤収を通告された北海道の地方病院の院長は、搾り出すように言った。安い労働力として大学医局を支えていた研修医が二年間、医局に入らなくなるためだ。新制度がもたらした思わぬ波紋。北海道では昨年三月以降、撤収を通告された病院は二十五に上る。
▽閉鎖
 道北地方の名寄市立総合病院は、周辺町村からも患者が集まるセンター病院。循環器呼吸器内科の医師五人が六月までに旭川医大に撤収するため、休診を強いられた。佐古和広(さこ・かずひろ)院長は「非常につらい」とうつむく。北海道大への陳情や雑誌の求人広告、個人のつてなど手を尽くしたが、見つからない。「患者は二十キロ先の士別市に行ってもらうしかない」と話すが、冬は雪に埋もれ、列車は一時間に一本程度。男性患者(77)は「困るよ。年寄りにそんな遠くは」と声を荒らげた。
 市立稚内病院も脳神経外科の医師を撤収すると北大に通告され、同科閉鎖を決めた。金森勝(かなもり・まさる)事務局長は「研修生はみんな大都市志向。強制的に田舎によこすのは医局の人事力だった。きれいごとじゃないんだ」と、医局頼みの実態を吐露する。
 ▽限界
 北大脳神経外科の岩崎喜信(いわさき・よしのぶ)教授は「とにかく医師が足りない。マジシャンじゃないんだから、もう無理だ」と話す。
 留学や開業で医局から十人近く減った上、新研修制度で入局者はゼロ。国立大の独立行政法人化で、大学として臨床や研究の実績を上げる必要もあり「稚内を撤退してもまだ足りない」という。
 北海道同様、医師不足が深刻な東北地方。東北大はこれまでも研修を院外で行ってきたため、引きはがし問題は顕在化していない。しかし同大卒後研修センター長の本郷道夫(ほんごう・みちお)教授は「再来年が危機」と指摘。二年の研修後、さらに専門を一、二年学んで大学に戻ると見込まれ、「派遣先病院にもしわ寄せがいく」。
 岩崎北大教授は「何か手を打たないと、北海道と東北は無医村地区だらけになる。大学は医師を総引き揚げするタイミングを見計らっている」と話し、最悪の事態を心配しながら「今日も病院が陳情に来ている」とため息をついた。』

『新医師臨床研修制度-国家試験合格後の2年間で、内科、外科、救急・麻酔科、小児科、精神科、産婦人科、地域医療の7分野を経験し基本的な診療能力を身に付ける。処遇面でもアルバイトをせず研修に専念できるよう国が補助金を支給、月収30万円程度を目指す。
 研修医のアルバイト-人手不足の病院では当直や日直を1人で任されることが多く、医療事故を招く恐れが指摘される。厚生労働省は4月以降、雇用契約で明確にアルバイト診療を禁止しなければ、研修医の受け入れ病院に補助金の一部を交付しない方針を決めた。』

北大の関連病院でなくとも地方の脳外科はどこも人手不足である.新医師臨床研修制度ではそもそも脳外科はかやの外である.国民の死因の2位3位を争う脳卒中の診療は北海道では主に脳外科が担っているのにこの状態では思いやられる.そう,研修医はたぶん脳卒中はほとんど経験しないだろう.アルバイトも禁止であるからこれはやっぱり給料をもらって学生の臨床実習の延長をやるようなものだ.

研修先によっては少しはましかもしれないが,研修が終わっても実力は今までの3年目とそれほど変わらないだろう.まあ,その点はどうせ期待していないから実害はない.それよりもこれから2年間に地方医療が崩壊していくことが気になるが,文句があるなら患者は大都市に移住しろということか.いったい厚生労働省は何を考えているのだろう.

脳外科についていうと専門医になるにはこの2年間はほとんど意味がないだろう.新しくて多少は役に立つ内科や外科の知識があってもどうせその専門医にはかなわない.全員が離島でひとりで診療するのならそれでも我慢するしかないのだろうが,都市の総合病院には各科の専門医が常駐しているのだから研修後の知識も有用性はほとんどないまま専門の知識に置き換わっていくだろう.

大都市志向の研修医がいくら出てきたところで私からみたら即戦力ではない.だから私にとっては医師3年目にして脳外科医1年目でしかないのだ.他の科の知識が生半可にあってもそれに頼るほど私も馬鹿ではないのだ.それよりも現在の人手不足が2年も続くのなら私も地方は見捨てるしかなくなると思う.北海道なら脳外科は札幌と旭川だけなんてことになれば医師不足も解消されるだろう.

2年経てば医師のレベルがアップするなんて考えているまともな医師はたぶんいないだろう.臨床研修で多少できるような気になった危険な医者が増え,地方医療は完全に崩壊し,独立法人化した大学と大学病院の存在さえも危うい,まさに医療危機がそこまでせまっているような気がしているのは私だけだろうか.

両者の言い分

2004年3月25日
『日本医師会の執行部は二十三日、自民党の脳死・生命倫理及び臓器移植調査会がまとめた「本人が拒否の意思表示をしていない場合は、家族の承諾だけで臓器提供が可能」とする臓器移植法の改正案について「国民的な議論が深まっておらず、時期尚早」などとする否定的見解を示した。ただ、意思表示の有効性の問題などから事実上、臓器提供が認められていない十五歳未満については「本人が拒否の意思を示していない限り、家族の同意だけで提供を可能にすべきだ」とした。また調査会案が、親族への臓器提供を優先できるよう提案していることについて「親族の範囲を決めることは難しい上、公平性の観点からも問題がある」と批判した。調査会案は近く超党派の生命倫理研究議員連盟への提案が予定されており、同議連は議員立法の形で国会への法案提出を目指している。』

以上はどちらかというと臓器移植をやりたい側の意見だろう.
以下は脳死および臓器移植に慎重な意見である.

『日本弁護士連合会(本林徹(もとばやし・とおる)会長)は二十四日、自民党の脳死・生命倫理及び臓器移植調査会がまとめた「本人が拒否の意思表示をしていない場合は、家族の承諾だけで臓器提供が可能」とする臓器移植法の改正案について「脳死を一律に人の死とせず『自己決定』を尊重する現行法の根幹を否定するもので、認められない」と反対する会長声明を発表した。声明は「社会の大多数が脳死を人の死と受け入れているかどうか検証がないまま提案されている」と改正案を批判。意思表示が十分にできない精神障害者や、どうすべきか悩んでいる人たちがすべて臓器提供を容認したと見なされる危険性を指摘している。
 さらに親による児童虐待が増えている中、虐待した親の承諾で臓器が摘出される可能性にも触れ「防止策について十分な議論がなされていない」としている。』

いずれも本人の同意なしでの脳死臓器移植には反対の立場である.では,どこから自民党の脳死・生命倫理及び臓器移植調査会がまとめた「本人が拒否の意思表示をしていない場合は、家族の承諾だけで臓器提供が可能」とする臓器移植法の改正案が出てくるのであろうか.真相は私にもわからない.だが,脳死臓器移植をさらに進めたい誰かが議員に働きかけているのであろう.当然それは脳死臓器移植によって何らかの利益を得る人たちと考えられる.それは医者か業者か患者いずれなのだろうか.

一般人が自分にあまり関係ないなんて思っていると脳死になったら自分の臓器が勝手に誰かに移植されるということもあるわけだ.これからは脳死臓器移植拒否のドナーカードを携帯しないといけなくなるかも知れない.

上記2つの主張の異なる点について私が気になった点がある.意思表示の有効性の問題などから事実上、臓器提供が認められていない十五歳未満については「本人が拒否の意思を示していない限り、家族の同意だけで提供を可能にすべきだ」とする日本医師会の主張にはやはり原則臓器移植可とする姿勢が見えるし,日弁連の危惧する虐待した親の承諾で臓器が摘出される可能性というのも今のところはそれほど問題ではないような気もするのである.

脳外科医としては,15歳以下いやもっと低年齢の児童の脳死の定義については医学的な議論がまだ不十分だとさえ思うので,法的な側面のみについて触れているような両者の意見はどちらも先走ったもののように見える.もちろん安易に脳死移植をみとめれば自分の子供の臓器を売るような倫理観を持つ親も現れるかも知れず不安である.

最近,産婦人科や小児科の問題が取り沙汰されるほどには社会的に子供を守るという考えが日本には無いような感じがして不安である.そして老人には手厚いのである.確かに高齢者を敬うのはいいことなのであろうが,これからの社会を支えてくれる世代をちゃんと育てないと私たちの将来は悲惨なものになるだろう.

臓器移植をしてでも生きながらえて年金でも受け取るのが夢なんていう老人にはなりたくないものだ.

意味不明な制限事項

2004年3月24日
『厚生労働省は二十三日、心肺停止患者の気管にチューブを入れて気道を確保する気管内挿管を、救急救命士ができるよう省令を改正した。必要な講習、実習を終えた場合に限定しており、施行は七月一日。厚労省はまた、気管内挿管を行う際には、常時医師の具体的な指示が受けられるようにすることや、手順の作成、事後検証体制の整備など求める通知を都道府県に出した。』

なぜちゃんとトレーニングを受けた救命士が自分の責任のもとに実施してはいけないのだろうか?常時具体的指示があたえられる医師がそばにいるのだったら私なら自分でやったほうが早い.電話や無線では指示できることなんて限られていて的確な判断は私にはできないと思う.

これって何かあったときに医師の責任にしたいだけなのではと勘ぐりたくもなる.いずれにしても救命士がやったことまで責任は負えないという医師が大多数だろう.

ちゃんとした講習を受けさせて病院の救命救急部で十分な実地トレーニングを積んだのであれば医師と同じく責任を持って処置にあたらせなければ救急救命士の存在意味は薄れると思うのだが.
『 愛媛県新居浜市の新居浜協立病院(山岡伸三院長)の34歳と25歳の女性看護師が昨年11月、入院していた市内の男性患者(当時78歳)に対し、胃へ入れるチューブを過って肺に挿入、肺炎で死亡させたとして、新居浜署は18日、2人を業務上過失致死容疑で書類送検した。 調べによると、2人は昨年11月8日朝、脳卒中の後遺症で寝たきり状態となった男性患者に栄養剤を鼻からチューブで胃に送っていたが、午前7時ごろ、チューブが抜けたのに気付いて入れ直す際、過って肺に注入し、同日午後4時10分ごろに死亡させた疑い。 同病院によると、同日午前10時ごろ、男性の容体が急変したことから、誤注入が分かり、応急措置をとったという。 同病院はミスを認めており、倉田均事務長は「書類送検されたことを厳粛に受け止めている。今後の対応については院長らと協議して決めたい」と話した。 』

以上は昔から行われている胃管による経管栄養の際のチューブを食道から胃ではなく気管から肺へ誤挿入するというよくあることを見落とした事故である.最近ではPEGといわれる簡単な手術で胃漏増設が行われているが,以下はその際の事故である.

『愛媛県立中央病院(松山市)で今月十八日、同県北条市の八十歳の男性患者の胃に栄養剤を送るチューブを入れるため穴を開ける内視鏡手術を実施中、誤って大動脈を傷つけ、男性を失血死させていたことが二十二日、分かった。松山東署は業務上過失致死の疑いで調べている。 同病院によると、手術は五十代と二十代の二人の男性医師が担当。二十代の医師が内視鏡手術を行った。手術終了後、男性の血圧と呼吸が低下。検査で体内での出血が疑われたため、輸血や点滴をした後、止血のため開腹手術に踏み切ったが回復せず死亡したという。 同病院は十九日、松山東署に届け出た。男性はくも膜下出血で別の病院に入院していたが、脳こうそくや肺炎などを併発し三月四日、中央病院に転院したという。 同病院の藤井靖久(ふじい・やすひさ)院長は「遺族に対し心よりおわびする。警察の捜査を待ち、誠意を持って対応したい」と話している。』

PEGによる胃漏増設で上記のような事故は私も初めて聞いたが,腸管を貫通して胃に入ってしまった例を聞いたこともあるし,管の交換の際に胃に入らずに腹腔内に栄養を注入して腹膜炎になり患者が死亡して業務上過失致死で訴えられたニュースも昨年読んだ.

経管栄養は胃管にしても胃漏にしても嚥下障害や意識障害のために経口摂取できない患者さんには生きていくためにどうしても必要なものであるから避けて通ることはできない.だから医師も看護師も避けては通れない.私はPEGのほうが交換の頻度が低く呼吸器感染や食道潰瘍などのリスクが低いので一度できてしまえば安全性が高いと思っている.

だが,PEGにも造設時や交換時のこのような事故のことを考えると患者のリスクの軽減と引き換えに自分がリスクを負うというような側面があり,事故に対してあまりに責任を追及するような姿勢で処理されることはPEGの普及を妨げる要因になると危惧している.

意識の清明な患者であれば体の異常をすぐに訴えるのでわかるのだが,意識障害などの患者は異常を訴えたりできないから,知らないうちに重症化するということもある.こういうことは現場の医師しかわからないだろう.

結果が悪いとミスと考える気持ちもわかるが,胃管挿入やPEGの穿刺などは実際にやっていることを直視下で見ることはできないブラインド操作の部分があるので,100%の結果を期待することは無理なのである.内視鏡や血管内手術も似たようなものだ.だから人間である医師がやる以上ミスは起こりうるということを患者さんや家族が理解できないのであれば,いずれこれらの手技を行うものはいなくなるであろう.

経管栄養を行わなければ患者さんは餓死する.中心静脈栄養も同様のリスクがあるから代用にはならない.これからは,家族に事故のリスクも説明して同意してもらうしかないのであろう.患者のリスクを本人や家族が負ってくれるのでなければ医師は診療を拒否するしかなくなるだろう.
『脳梗塞(こうそく)で東京女子医大病院(東京都新宿区)に入院している長嶋茂雄・読売巨人軍終身名誉監督(68)(アテネ五輪野球日本代表監督)の病状について、球団関係者が16日、長嶋監督が前夜、初めてシャワーを浴びたことを明らかにした。
 関係者によると、長嶋さんは介助を受けながらではあるが、シャワーを浴びることができたという。また、同日はリハビリを午前と午後に分けて行った。関係者は「長い時間ではないが、立ち上がる訓練などを行った」と話している。食事については、これまでより固めのおかゆを食べ始めているという。』

長嶋さんの回復は順調のようである.現在のリハビリテーションは急性期リハビリといわれるものだ.運動療法のほかに言語療法も行われているのだろうと思われる.だいたい1ヶ月が目安である.その間に何回か評価を行い今後の目標も設定される.その後は慢性期リハビリになっていくが,この時期になるとリハビリテーション専門の病院へ転院して行うことも多い.長嶋さんのご自宅からは女子医は遠いそうだからどこかへ転院されるのだろうか.まあ,ちゃんとした病院ならどこでやっても差はないが.

その長嶋さん効果なのか,最近外来が増えている.ちょっとした頭痛,手のしびれ,肩こり,違和感,など症状は様々だが皆さん異口同音に長嶋さんのことを話される.患者さんの症状を聞いてあげるのはかまわないが,長嶋さんの話はもううんざりという感じだ.特に脳梗塞などの異常はないと告げると今度はこれで当分は大丈夫かと聞かれる.

私は預言者や占い師ではない.現時点で異常がないということと今後も異常が起こらないということとは違うということがわからないらしい.ましてや長嶋さんのような心原性塞栓症なんてものがいつ起きるかなんてことは誰にもわからない.検査結果の有効期限は検査したその時点のみということは理解しているのだろうか.

医師に大丈夫と言ってもらって安心したいという気持ちもわからないでもないが,これから何が起こるかを人間が知ることは不可能である.病気になりたくないのなら日頃から健康的な生活を心がけるしかないだろう.病院での検診というものも先日の発ガンリスクの報告でまた見直されるかもしれないが,病院は病気を治すところであって病気を予防してくれるところではない.

なんでも他人に頼って他人に考えてもらうのではなく,自分で考えて自分の体は自分で守るくらいの意識を持ってほしいものである.
『全国の大規模病院の中で、同じ施設で同じようなミスが繰り返されているケースが相次いでいることが12日、総務省の医療事故に関する行政評価・監視結果で分かった。同省は、安全対策が不十分だとして、全国すべての医療施設に事故を報告させる制度の導入や、事故防止策を検討するため全施設に設置が義務付けられている安全管理委員会を活性化させることを厚生労働、文部科学両省に勧告した。
 頻発する医療事故を受け、総務省が初めて調査・勧告した。全国の医療施設の中から、公立や民間の病院も含め計217施設を任意抽出し、01年1月から02年7月までの約1年半の事故について調査した。
 それによると、手術器具やガーゼを誤って体内に残したり、点滴投与の対象患者を間違うなど、同じ施設で同じ種類のミスを繰り返しているケースが17施設で計91例あった。死亡したり、重度障害を負う例はなかったが、同省は「一歩間違えば深刻な事態に陥る」として、安全対策の徹底を要請した。
 また、安全管理委員会は3施設で設置されていなかったほか、大学病院・国立病院の計4施設で一度も開催されていないなど、活動実績が乏しいことも判明した。
 厚労省は04年度から、大学病院や国立病院などの大規模施設に限定して事故報告制度を始めるが、総務省は「再発防止のためには全施設からの報告が必要」としている。』

『東京慈恵会医大青戸病院(東京都葛飾区)の腹腔(ふくくう)鏡手術ミスによる患者死亡事故で、日本泌尿器科学会(会員数約7400人)は12日、厚生労働省で記者会見し、事故情報を集約し、教訓として生かすための報告制度であるサーベイランス・システムの整備などを柱とする再発防止策を発表した。
 青戸病院の医療ミスは、主治医ら3人の医師が2002年11月、腹腔鏡を使った男性患者への前立腺がん摘出手術を誤り、1カ月後に死亡させた事故。
 学会は医師3人の逮捕後、特別委員会を設け、事故の医学的検証や再発防止策を検討していた。』

政府も学会も報告制度をつくるというが,これはまず事故発生の実態把握というのが第一の目的だろう.実際,病院の事故防止委員会というものも事故の発生の事実と原因,対処についての報告書の提出がなされ事故の実態の把握がなされている.現在これさえもない病院あるいはあっても活動実績がないというのはお話にならないが,事故防止委員会でこういった報告書で事故を分析しても同じ事故が何回も起きているというのが現実である.

事故で一番多いのは点滴や処方のミスで処方の書き間違い,患者の取り違えといった初歩的かつ人為的ミスである.これが不思議となくならない.次いで多いのが転倒・転落といった患者管理のミスである.これには人手不足といった問題も関係するのだが,気をつけてはいてもこれもゼロにはならない.

手術手技のミスなどは通常は考えられない事態が起きないと本当にミスとなるようなことはないはずなのだが,ニュースを見ていると確かに起きているようだ.だが,これはやはり術者に負うところが大きいと思われるので報告していくとリピーター医師の存在が明らかになることが期待できるのでいいかもしれない.

私が知っている範囲でもミスとは言えないまでも技術に問題がある術者はけっこういるような気がする.だが,報告をいくら重ねても結局事故がなくなることはないだろうし,事故と手術で回避できない緊急事態との境界はあいまいなので,結果だけを報告すればいいというものでもないだろう.

さらに問題なのは総務省や厚生労働省が医療現場についてちゃんと理解しているかも相当に疑わしいので報告すること自体が医師への責任転嫁に終わることも予想される.こうなってくると医師側は治療しないことが最善の方法になりかねない.それは,手術の適応が患者さんの治療のメリットとデメリットではなく医師側の危機管理上のメリットとデメリットで決まるようになることを意味しているのである.

正直言ってリスクの高い手術の多い脳外科医としてはやりにくい時代になったと思う.

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